バックパッカーガイド

バックパッカー、海外情報です

バックパッカーを終えて感じたこと

みなさん、こんにちは。

日本ではスバルの「サンバー」が62万台のリコールが発表されましたね。車社会の日本では1車種のリコールで多くのユーザーに危険と不安が襲い掛かります。人の命に関わりかねない車のリコールが少しでもなくなるようにカーメーカーにはより一層の開発を望みたいですね。


タイトルと離れた内容になりましたが、今日は自分が体験したバックパッカーの中で楽しかったことを紹介したいと思います。

楽しかった思い出
■つたない英語でも日々使うにつれて少しずつフレーズを覚えて使いこなせたこと
■どんな店でも会話練習も兼ねてディスカウントに挑戦したこと
■ゲストハウスで世界中の様々なバックパッカー達と話しができたこと
■そのバックパッカーと意気投合し、一緒に観光地やご飯を食べたこと
■日本では食べる機会のなかったローカルフードが安くて美味しかったこと
■ネットにも載っていないような素敵な場所などへ探索できたこと
■意外にもゲストハウスが快適だったこと

もちろん毎日が楽しい日々なら最高ですが、たまにはそうでない日もあります。

辛かった思い出
スマホを盗られた
■屋台でおススメ料理を頼んだら1人なのに3人前のメニューだった
■日本人とわかると詐欺を企む現地人がしつこくまとわりついて来た


トータルで考えても大半が楽しく過ごすことができました。日本がGWの時期にマレーシアに居たのですが観光客が日本料理屋でご飯を食べているのをみて
「日本に戻れば安くて美味しい日本食が食べれるのになんでマレーシアで高くてソコソコの日本食を食べたいの??」
とよく思っていました。

一般的な旅行では体験できない新たな発見があったので、自分にはバックパッカースタイルが性に合っていたんだと実感しました。


ところでみなさんに一つ質問です
Q.バックパッカーの定義って何ですか?






A.定義はあれど明確には決まっていません。
安宿などを利用して長期間掛けて複数国を旅行する人達のことです。しかしスタイルは様々あります。1か国を数日間で移動する人やのんびり過ごす人、ゲストハウスは利用せずホテルを利用する人などいます。
自分の考えるバックパッカーとは「自分がバックパッカーだ!」と思えばそれで十分だと思います。

ベテランバックパッカーさん達は経験豊富なため初心者にはダメ出しが多くなる傾向があります。
しかしそんなベテランも最初はみな「初心者」なのです。誰かに指図されながら従う旅行は楽しさが半減します。自分の旅を自分でプロデュースするのがバックパッカーの醍醐味じゃないかと思います。




日本はまだバックパッカーの認知度も人口もとても少ないです。
アメリカや西洋では日本より多くの人がバックパッカーを経験しています。日本へ来る大きなバックを背負った人をよく目にしませんか?その人全てではありませんが、バックパッカーの可能性は非常に高いです。

もし、バックパッカーに興味があるけどどうすればいいか分からないビギナーさん達へビギナーである自分が少しでも助けになればと思います。

JR東日本停電

今朝がたJR東日本で送電線トラブルで山手線など一時ストップする騒動がありました。

日本は年々車離れが進み、とくに首都圏では公共機関が十分すぎるほど発達しているのでなおさら加速しています。

 

車やバイクなしでも十分に生活から仕事までできる首都圏ではうらやましく思っていましたが思わぬトラブルで麻痺することもあるのだなと実感します。

およそ50分程度の停電で早急に復旧されたのですが、その間に何万人の乗客が足止めをくらったのでしょうか?

 

北朝鮮では電磁波爆弾(ICBM)などでアメリア全土を停電させライフラインを絶つなどと言われています。

世界中のほとんど至る所で使用されている電力。生まれた時から電気製品、電子機器に囲まれた日本人には電力のない生活が想像できませんね。今日のような曇りではオフィスは暗がりの中、ろうそくで灯りを確保するのか乾電池でライトを使用するのか?

PCが使えないのでそもそも仕事することが不可能かもしれません。

海外では自然発電が進んだ国がありますがまだ日本は自然発電の割合はごくわずかです。

 

JRから北朝鮮まで話が拡大してしまいましたが、我々の生活に電力は不可欠なものになっていることは確かです。北朝鮮には落ち着いて考え直してもらいたいものですね。

 

国が違えば思想や習慣が違うのは当然のこと、平和的解決を望む国もあれば多少の軍事的解決を実行する国もあるのです。世界平和を心から祈るほどの余裕はありませんが、せめて日本だけでも平和を維持していてほしいですね。

 

何はともあれJR東日本の停電が復旧してよかったよかった。

バックパッカー履歴

今年チャレンジしたバックパッカーを簡単に紹介します。

 

もともとバックパッカーをやろうと決意したのは今年の1月で出発まで3ヵ月ほどあったけどあんまり綿密な計画や準備をしていませんでした。

普段から海外旅行で準備していなかったのと面倒くさがりだったので「なんとかなるだろう」って感じで楽観的に考えていました。実際に準備をしだしたのは3月中旬でした。若干の焦りはあったもののそこでも「なんとかなるだろう」と思いながら出発までワクワクドキドキしながら待っていました。

 

出発地点はフィリピンにしました。理由は現地の友達がいたのでまずは会いに行くのが目的でした。その後のルートはマレーシアへ行く。それ以降はその場の流れで行先を決めるという考えでした。

そして滞在日数ですが各国で可能な限り滞在するタイプを選択しました。

短期間で数か国を移動するのは性に合わないし長距離移動で疲れるのが嫌いだからです。どうしても時間的余裕がなくなると楽しむことができないと考えていました。

 

しょっぱなのフィリピンから多くのハプニングがありました。

マニラから急遽セブ行へ行ってみたり、セブから船で1日かけてマニラへ戻ってみたり現地人しかいないような場所で2週間過ごしたりしました。

 

マニラで新たに友達を作って旅行したりハチャメチャな旅でした。

 

次のマレーシアにも友達がいて2年前にも遊びに行ったのですが今回はサプライズで内緒にしていました。

マレーシアはVISAなしでも90日間滞在できます。会いに行く数日前に連絡したら親戚の結婚式があり飛び入りで参加させてもらったりと楽しい思い出ができました。結局マレーシアでは1ヵ月間滞在していました。

 

よく海外旅行で話題になるのが「英語」ですが自分は高校から理系クラス、大学は工学部と典型的な文系ギライでした。もちろん外国人とちゃんと英語で会話したのは2年前が初めてでした。

話をすること自体は好きなのでなんとか翻訳ソフトで単語を確認しながらカタコトでしゃべっていました。意外なことにほとんどの国で文法はあまり大事ではないことに気づきました。そのおかげで自分も間違った英語を使っていてもしっかりとコミュニケーションを取ることが意思疎通には大切だということが身をもって経験できました。

 

フィリピンでは友達が日本語を喋れたのであまり英語で会話することは少なかったのですがマレーシア以降は英語のみでずっと旅を続けていました。

ちなみにどの国へ行っても「日本人=英語がしゃべれない」と言われます。まぁ仕方のないことですが悲しいですね。

 

そんなこともありながらもたくましく英語をどんどん喋っていくうちに少しずつ新しい単語や言い回しを吸収していけました。

 

 

マレーシアの後は陸続きのタイへ行きました。過去にもマレーシア→タイのルートで旅行したときには空路で行きましたが今回は初めて「陸路入国」にチャレンジしてみました。

よくネットでは審査官にワイロを要求されるとか書かれていたのですが結果に驚き。

何もなく数分で入国完了でした。

手荷物検査も何もなく高速道路の料金所みたいな小さな小屋の前に並んでパスポートを差し出すと数分後にスタンプが押されて返却されました。何も喋らないまま完了しました。

しかも、タイへの陸路入国は滞在日数が15日なのに審査官が勘違いしたのか30日のスタンプを押してくれていました。もちろん間違いでも30日間滞在することが可能なのでタイでもしっかり1ヵ月滞在しました。

 

タイにいるときに迷っていたのがその後のルートです。西へ行くか東へ行くかとても迷っていました。インドへも行ってみたいしカンボジアへも行ってみたい。

最初にルートは1筆書きにしようとだけ考えていたので直前までルートが決まりませんでした。

 

結局「アンコールワット」見たさにカンボジアがある西ルートを選択しました。カンボジアはとても田舎というイメージがありました。実際に行ってみるとやはり道路の大半は赤土道路でした。しかしプノンペンをはじめ主要地域はアスファルトであったり他国と比べると劣りますがそれでも立派な建物などあり少し驚きました。

やはり世界遺産のお陰なのか少しずつ近代化が進んでいました。それでもなお、カンボジアには「地雷」が埋まっているのです。 

カンボジアではアメリカの歯科学生ともゲストハウスで仲良くなりました。初日から日本の経済などを英語で聞いてきたのにはとても驚きましたが時間を掛けながらもちゃんと受け答えしました。この頃になると毎日英語なので全く抵抗はありませんでした。

 

アメリカ人はとても陽気で積極的だと思っていたのですが驚いたことに彼は「ローカル屋台で食事がしたいけどできなかった」んです。どうもチャレンジする勇気が出ずいつもウエスタンフードばかり食べてて多くのお金を使っていたんです。

なにしろ観光地の海外食は少し割高です。自分はほぼ毎日ローカルフードのみで屋台をよく利用していたので一緒に誘ってあげました。はじめて食べたローカルフードが気に入ったみたいで仲良くなれました。

 

普通の旅行では旅行客と友達になる機会は少ないでしょう。しかしバックパッカーは基本ゲストハウスを利用するので必然的に他のゲストと会う機会が増えてきます。自分よりもシャイな外国人はたくさんいるので自分の性格なんかは気にせず思い切って声を掛けてみましょう。相手も自分もその後の旅が楽しく過ごすことができますよ。

 

 

そして歯科学生とは途中別行動をしながら「ベトナム」で再開の約束をしました。自分もカンボジアで別の友達を作りながら西へ西へと移動していきました。一足先にベトナム入りした歯科学生に追いつくべく数日遅れでベトナムへ入国しました。いつものごとく何もない入国審査に通過して。

 

ベトナムに入りこの旅で初めての事件が起こりました。なんと初日にスマホを盗られてしまったのです。こういう事態に備えて、スマホだけは安いものを準備していたので大きな痛手ではなかったのですがこれまで4ヵ月間近く撮りためた写真が全てパーになったことが大ショックでした。

 

なかなかショックから立ち直れなかったのでその場で帰国チケットを手配してしまいました。

本来なら友達とベトナムを北上しながら満喫するはずだったのにとても残念でした。

 

こうして人生初のバックパッカーは幕を閉じたのでした。

 

 

しかしこの4ヵ月でいろんな国や考え方の違う人たちと交流できたのは貴重な体験でした。今でも何人かとは連絡を取り合っています。

そしてこの11月にも可能であればバックパッカーではないですがもう1度フィリピンへ遊びに行ってみようと考えています。次はホテルに泊まるかゲストハウスに泊まるか決めていませんがもちろん到着してから考えてみようと思います。

案外ノープランでも生活できるのが海外のいいところかなと思います。

 

最後に別サイトにしっかりしたゲストハウスや海外情報を書いたのがあるので興味があれば覗いてみてください。

バックパッカーガイド

祝!はじめました

みなさん、はじめまして。

今日よりはてなブログをスタートします「あきぼん」です。

 

2017年4月~7月まで初めてのバックパッカーをしてみました。

日本を出発してフィリピン→マレーシア→タイ→カンボジアベトナムと一筆書きできるルートを選択しました。

 

残念ながらベトナムでスリに出会いスマホを取られてしまい、気分が乗らずにそのまま帰国してしまいました。

本当なら中国やロシアあたりまで行きたかったのですが今回は断念しました。

旅の情報や日々のブログなんかを綴っていこうと思っています。

 

また別サイトにゲストハウス中心のものがあるのでバックパッカーさん達へ少しでも参考になればと思います。

www.matchmaking-jp.com

 

今年の11月くらいには安そうなチケットがあるのでまたフィリピンへ行きたいなと思っています。